“リアル日向小次郎”…サッカー日本代表超人伝説

サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会(6月14日開幕)に挑む日本代表が31日、発表された。日の丸を背負う選手だけに、常人では考えられない「伝説」をすでに少年時代に残している人も多い。年若き彼らについて取材したフリーライターの元川悦子氏に、そうした「伝説」を紹介してもらった。

“リアル日向小次郎”…酒井高徳

“リアル日向小次郎”の酒井高徳

サッカーの人気漫画「キャプテン翼」では、主人公のライバル、日向小次郎が強烈なシュートを放ち、その威力でボールがコンクリート壁にめり込むシーンが出てくる。あくまでも漫画の世界の話だが、酒井高徳はこれに近い逸話を残している。

父は日本人で母がドイツ人。男ばかりの4兄弟の次男として新潟県三条市で育ち、2人の弟もプロサッカー選手だ。アルビレックス新潟のユースからトップチームに上がり、その後ドイツ1部リーグのシュツットガルトに移籍。現在はハンブルガーSVでサイドバックやボランチとして活躍している。

サッカーを本格的に始めた小学校5年生の頃。自宅の隣にあった農業機械メーカーの敷地で、そこを覆う大きな壁にボールを蹴り、跳ね返ってくる練習を繰り返していた。ある日、思いっきりボールを蹴ったら壁のコンクリートが割れ、会社の人に怒られた。その後、割れた部分はボルトでつないで補修された。子どもとは思えない凄まじいキック力を誇っていたことの証明である。

車にはねられても無傷…吉田麻也

不死身伝説の吉田麻也

身長189センチと日本代表で一番背が高い吉田麻也。現在はイングランドのプレミアリーグ、サウサンプトンでディフェンダーとして活躍し、190センチを超える大柄な世界的ストライカーでベルギー代表のR・ルカク(マンチェスターU)ら、体格・体力で勝る選手と互角に渡り合っている。このフィジカルの強靭さに関する伝説を幼少期に残していた。

4~5歳の頃、道路に飛び出して車にはねられ約5メートル飛ばされた。さらに路面電車の線路の上に落ちたが、5秒後にスクッと起き上がったのだ。病院の診断でも異常なし。さすがに泣き出しはしたものの、かすり傷を負っただけで後遺症もなかった。一緒にいた兄の友人は「これが麻也の神がかり的人生の始まりだった」と証言する。

鈴鹿サーキットでのごぼう抜き…山口蛍

“サーキットの狼”だった山口蛍

代表ではボランチとして、豊富な運動量で相手の攻撃の芽を摘むプレーが持ち味だ。三重県名張市生まれ。小学校入学後、社会人サッカーの選手だった父に連れられてサッカーを始めると、二つ年上の兄とともに自転車トレーニングで脚力と持久力を鍛えた。低学年の頃、同県鈴鹿市の鈴鹿サーキットにある1周約6キロのコースを使って行われた自転車レースに参加した。この時、数百人いた参加者を後方からごぼう抜きにして上位に入る伝説を残している。

賞品稼ぎ家族…槙野智章

体育会系一家に生まれた槙野智章

3人兄弟の末っ子として誕生。幼少期は広島市内で過ごした。野球とサッカー経験者の父、バドミントンをやっていた母のDNAを受け継ぎ、一家全員がスポーツ万能。しかも負けず嫌いで、町民運動会に向けて夜に家族全員で公園に行き、走りの練習を行っていたほどだ。

運動会当日は5人が各種目で次々と優勝し、あらかじめ用意した大きな旅行カバンに優勝賞品を詰め込んだ。近所からは「槙野家は一家総出で賞品を持ち帰っていく」と有名だった。

現在はディフェンダーとして、高い身体能力を生かし対戦相手の選手と1対1となっても強いうえ、セットプレーでのヘディングシュートも持ち味だ。

伝説をロシアで

常人を超える身体能力を持つ日本代表メンバー。それを生かしてロシアで新たな伝説を作り上げてほしいものだ。

 

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【プロフィル】

元川 悦子( もとかわ・えつこ )

1967年、長野県松本市生まれ。松本深志高校、千葉大学法経学部を卒業。夕刊紙記者などを経て94年からフリーのサッカージャーナリストとなり、同年のアメリカ大会からサッカーワールドカップを現地で取材している。「足で稼ぐ取材」がモットーで、国内外で活躍する選手たちを取材するため現地まで赴く。著書に、日本代表候補に名を連ねる選手たちの成長期を取材したシリーズ『僕らがサッカーボーイズだった頃 プロサッカー選手のジュニア時代 1~4』(カンゼン)やザッケローニ元日本代表監督の4年間を追った『ザックジャパンの軌跡 蒼き戦士たちの躍進とブラジルでの敗北、そして未来』(同)、『僕らがサッカーボーイズだった頃4  世界への挑戦』(同)など。

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