ワールドカップ狂騒曲(7)メンバー発表前夜、異例の岡田監督打診

語り継がれる勝負やゴールは数え切れない。トラブルや判定論争も、たびたび世を騒がせてきた。サッカーの祭典・ワールドカップ(W杯)の歴史を、エピソードで振り返る。(読売新聞メディア局編集部・込山駿)

「リーダーが必要」 川口能活の携帯鳴らす

代表選出後に行われた激励会で声援に応える川口能活(2010年5月10日、静岡県磐田市で)=岩崎千尋撮影

2010年5月9日夕、J1のジュビロ磐田に所属していた34歳のゴールキーパー(GK)川口能活の携帯電話が鳴った。妻子と一緒に近所のレストランで食事をしているところだった。「03」から始まる見覚えのない番号が、画面に表示されている。「東京からかかってくるなんて珍しい。誰かな」などと思いつつ、出てみると――。

「おい、俺だよ。岡田だよ」

W杯南アフリカ大会に向けた日本代表のメンバー発表記者会見を翌日に控えた岡田武史監督だった。「おまえがプレーできる状態なら、メンバーに入れたいと思っている。最年長選手として力を貸してほしい」。まさかの代表復帰打診。1選手に指揮官が直接電話というのも、異例中の異例だった。

川口は09年9月のJ1リーグ戦で右足のすねを骨折した。それ以来、代表選出はもちろん、リーグ戦にも出場できていなかった。電話が来た5月9日の日中は磐田の練習試合に出て戦列復帰への準備を進める予定だったが、これも右の内転筋に張りが出たために出場を回避。岡田監督が指揮した1998年のW杯から3大会連続で出場してきた守護神も、南アフリカ大会出場は「99.9%無理だと思っていた」。

困惑のうちにいったん電話を切った川口だったが、家族や恩師と相談したうえで、数時間後に岡田監督に電話を返す。「行かせてください。日本のため、監督のため、精いっぱい戦いたい」。体調の不安も全くないと伝えた。

翌日、都内での記者会見で、岡田監督は3番手のGKとして川口の名前を発表した。「彼のリーダーシップと存在感が、W杯という長丁場の戦いで、どうしてもチームに必要だと考えた。けがの状況はずっと追跡してきたが、代表で集合する時には十分、プレーが出来る」。質問を重ねる報道陣に、指揮官は落ち着いた口調で選出理由を説明した。

精神的支柱に指名された川口も静岡県磐田市内で記者会見。「チームの雰囲気を感じ取っていろいろな選手に話しかけ、みんなが同じ方向を向けるようにしていく。そしてピッチに立つために最後まで努力し、自分自身も勝負しにいく」と、責任感をにじませた。

■本大会で驚きの快進撃

川島の正GK昇格も大きな驚きの一つだった。本大会初戦は好セーブ連発で無失点、貴重な勝利に貢献した(2010年6月14日、南アのブルームフォンテーンで)

98年大会の三浦知良(カズ)落選に続き、メンバー選考に「サプライズ」があった岡田ジャパン。だが、10年大会はその後の戦いぶりの方が、さらに大きな驚きだった。

韓国との壮行試合に0―2で完敗、欧州合宿中の強化試合もイングランドとコートジボワールに敗れた。本大会初戦4日前の6月10日に急きょ組んだW杯不出場のジンバブエとの練習試合(30分×3本)もノーゴール。絶望的な不振に、岡田監督はチームへ荒療治を施す。

ずっと目指してきたパスを回して主導権を持つサッカーを捨て、守りを固めて逆襲の速攻を狙う戦術に変更した。攻撃の中心としてきたMF中村俊輔やFW岡崎慎司を控えに回し、MF阿部勇樹を中盤の守備の要に、中盤で起用してきた本田圭佑をFWに起用。正GKも楢崎正剛から川島永嗣に変更。ゲーム主将は、DF中沢佑二から若手リーダーだったMF長谷部誠に交代した。

これが見事に奏功する。6月14日の本大会初戦で、日本は本田が挙げた1点を守り抜き、1―0でカメルーンに競り勝つ。2戦目は強豪オランダに善戦及ばず敗れたが、3戦目は3―1でデンマークから快勝を収め、グループリーグ突破を果たした。決勝トーナメント1回戦でPK戦の末、パラグアイに敗れたものの、チームは見違えるような戦いを演じて、期待を失いかけていた日本のファンを本大会で熱狂させた。

川口はチーム主将という役割を担い、控えに回ったベテランたちから意気込む若手まで気配りと対話を欠かさなかった。出場機会こそなかったが、大会を通じてチームの雰囲気作りにおいて不可欠な存在だった。サプライズ選考が、さらなるサプライズにつながってゆく。そんな循環が、南アフリカ大会には確かにあった。

ここ2大会、サプライズなき代表選考

ザッケローニ氏(左)と西野氏は、メンバー選考にサプライズを用意しなかったが……

1998年の初出場から2010年までの4大会、サプライズが繰り返された日本代表のW杯メンバー選考。だが、イタリア人のアルベルト・ザッケローニ監督が指揮した2014年のブラジル大会は、Jリーグでのゴール量産を認めてFW大久保嘉人を久しぶりでメンバーに滑り込ませたくらいで、大きな驚きがない選考となった。欧州のクラブで活躍する選手が多く、期待度の高いチームだったが、本大会では1分け2敗とグループリーグ敗退に終わった。

今回の18年大会も、何よりのサプライズはメンバー選考の約1か月前にバヒド・ハリルホジッチ氏から西野朗氏に監督が交代したことで、5月31日に発表された選手の顔ぶれには意外な名前が一つもなかった。壮行試合でガーナに0―2の完敗を喫するなど大会前の不振ぶりは、10年南アフリカ大会前を思い起こさせるが、ロシアでの本番では驚きの快進撃を見せてくれるだろうか。

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