ワールドカップ狂騒曲(8)本田圭佑、殊勲の無回転ぶれ球FK

語り継がれる勝負やゴールは数え切れない。トラブルや判定論争も、たびたび世を騒がせてきた。サッカーの祭典・ワールドカップ(W杯)の歴史を、エピソードで振り返る。(読売新聞メディア局編集部・込山駿)

ほとんどキャプテン翼の世界、得意の左足シュート

デンマーク戦で先制FKを蹴り込む本田。右は遠藤(2010年6月24日、南アのルステンブルクで)=野本裕人撮影

サッカー漫画の名作「キャプテン翼」に「ツインシュート」という技が出てくる。ボールを挟んで味方同士の選手2人が相手ゴールめがけて同時にキックすると、シュートの軌道が不規則にぶれて、ゴールキーパー(GK)を幻惑する――。

これを思い出させるような軌道のシュートを、日本の本田圭佑は8年前のW杯で、相手ゴールにたたき込んだ。2人がかりで蹴ったわけではなく、得意の左足1本で放ったフリーキック(FK)だ。

2010年6月24日、W杯南アフリカ大会のグループリーグ(GL)第3戦。日本はデンマークと顔を合わせた。開幕前の低い下馬評を覆し、チームは初戦で1―0とカメルーンを撃破し、2戦目は強豪オランダに0―1で惜敗していた。02年日韓大会以来となるGL突破を果たせるかどうかは、デンマーク戦の結果次第という状況。日本サッカーの命運を左右する大一番にほかならなかった。

 

鋭い不規則変化、日本16強入りの立役者に

両手を挙げてゴールを喜ぶ本田を、長友佑都(左)と長谷部誠が祝福=川口正峰撮影

17分。日本は相手陣に攻め込み、右サイドのタッチライン近くでFKを得た。ゴールまで約30メートル、角度も45度よりきつかった。チャンスではあるものの、大抵のキッカーにとって、直接ゴールを狙うのは少々厳しい位置。だが、本田は「ここならオレの射程圏」と言わんばかりに、自信満々でボールを芝にセットした。

力強い助走から、左足を思い切り振り抜き、足の内側の甲に近い部分でボールをとらえた。時速110キロ近くで蹴り出された高速シュートは、デンマークの名GKソーレンセンの近くでいきなり左へ曲がり、鋭く落ちた。ほぼ無回転で飛び、ボールにかかる空気力の影響で軌道が不規則に変化する「無回転ぶれ球FK」だ。ゴールに突き刺さるのを見届けたヒーローは、応援席に駆け寄って雄たけびをあげると、天を仰いで喜びに浸った。

がぜん勢いづいた日本は、30分にもFKで2点目を奪う。ゴール正面、約25メートル。1点目の衝撃の大きさに、デンマークは本田を警戒し、左足シュートを遮るコースに長身選手たちの壁を築いた。その裏をかいて、遠藤保仁が丁寧な右足シュートで壁の右側を抜き、ネットを揺らした。W杯で1チームが1試合に直接FKを2本決めたのは44年ぶりのこと。試合終盤には、本田のアシストで岡崎慎司もゴールを決めた。日本は3―1で快勝し、16強進出を果たした。

「決まるときは決まるっていう感じで、『特別なゴール』とは思っていない。それは、決勝トーナメントに取っておきたいと思っている」。ヒーローは試合後、そう語った。「予想以上に(勝利を)喜べないのが不思議。上には上がいるからだと思う。優勝という目標を、日本国民の前で公言してもいるので」とも言ってのけた。本田らしいビッグマウスが、この日はとりわけ格好良く響いた。

シューズ開発と使用球の特質がピタリ、後にACミラン移籍も実現

3度目のW杯出場を前に、都内でイベントに登場した本田。「これまでで一番期待していただいていい」と語った(2018年5月16日)=平地一紀撮影

本田は北京オリンピックのアジア2次予選でも、左足の無回転ぶれ球FKでゴールネットを揺らしている。2007年5月のことだ。以来、契約を結ぶスポーツ用品メーカー「ミズノ」と二人三脚で、このキックに適したスパイク・シューズの研究開発を進めてきた。その結実が、ボールに回転がかかりにくい素材を足の内側から甲にかけて使った「イグニタス」という09年末発売の製品だ。このシューズをはき、無回転で飛ぶ際に軌道のぶれが大きいという特質を備えたW杯南アフリカ大会の公式球「ジャブラニ」を蹴って、デンマーク戦ではキャプテン翼も顔負けのシュート軌道を描いてみせた。

本田は無回転ぶれ球FKの世界的な使い手として名を上げ、後にイタリアきってのビッグクラブ・ACミランへの移籍を果たす。W杯で決めたゴールは14年ブラジル大会までの2大会で計3点と、日本歴代最多を誇る。ちなみにシューズ「イグニタス」も、デンマーク戦後に人気が爆発し、発売当初にミズノがたてた年間販売目標(7万足)の3倍近い20万足を売り上げた。本人の言葉とは裏腹に、本田にとっても周囲にとっても、デンマーク戦の先制点は間違いなく「特別なゴール」だった。

W杯の公式球は、14年大会から無回転シュートのぶれ幅が小さな製品となり、ロシア大会の「テルスター18」も似通った性質のボールだという。それでも、サッカーボールの性質を長く研究している筑波大の浅井武教授は「本田が迷いなくベストの無回転キックをすれば、今大会のボールも狙い通り大きくぶれる」と指摘する。思い切りのいい、吹っ切れたようなFKで日本サッカーの未来を切り開く本田の姿を、今大会で再び見られるだろうか。

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