セネガルのエース、子供の頃も「一人黙々と練習」


マネ選手が子供の頃、サッカーの練習に励んだグラウンドでは、牛がくつろいでいた(22日、セネガルのバンバリ村で)=木村達矢撮影

マネ選手が子供の頃、サッカーの練習に励んだグラウンドでは、牛がくつろいでいた(22日、セネガルのバンバリ村で)=木村達矢撮影

「ここでは大統領よりも人気だよ。帰郷すると村中から人が集まってくるんだ」。カザマンス地方のセディウ州バンバリ村で、マネ選手のいとこ、マラン・スワネさん(30)は胸を張った。

村の人口は約2500人。主な産業はピーナツ栽培や川での漁業で暮らしは貧しい。そんな環境でも、マネ選手の才能は子供時代から光っていた。幼少時からの親友ユスフ・ジャッタさん(28)は「まじめで一人で黙々と練習するタイプだったが、常に自信を持っていた」と振り返る。

セネガルは1960年、フランスの植民地支配から独立した。国の形は、左を向いたライオンの顔に例えられることもあり、顎に当たるのがカザマンス地方だ。政治経済の中心である北部とは民族構成も異なり、82年にはカザマンス民主勢力運動(MFDC)が独立を求めて政府軍と武力衝突した。その後も断続的に小規模な戦闘が起き、現在は停戦状態にある。

少数派のマンディンカ族のマネ選手は、幼い時から路上でサッカーに興じた。敬虔(けいけん)なイスラム教徒である両親は当初、マネ選手がサッカー選手になることに反対したが熱意に負け、支援するようになったという。

マネ選手は爆発的なスピードと高い身体能力が持ち味。2009年に首都ダカールのプロ育成組織「ジェネレーション・フット」に入団後、欧州へ渡り、現在はイングランドの強豪リバプールで活躍している。世界的なスター選手になった後も、学校やイスラム礼拝所の修繕費などを寄付するなど、常に故郷を気にかける。マネ選手を育成組織にスカウトしたアブドゥ・ジャッタさん(67)は「貧困は紛争の原因になる。彼の行為は平和をもたらしている」と話す。

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