「奇跡」じゃない! 西野ジャパン、狙った攻めで2度同点…伊東輝悦解説

ワールドカップ(W杯)で、日本は2度追いついた。終了後に長谷部が語った通り、「自分たちの方が、チャンスが多かった」試合と言って間違いない。勝ち点1を手にして、日本はグループリーグ突破へ大きく前進した。

2点目を失うよりも前に、1-1に追いついた。そこが試合のポイントだったと感じる。

序盤は、セネガルの身体能力の高さとボールに対する寄せの速さに苦しみ、慣れる前に先制を許した。W杯やオリンピックは、特別に重圧のかかる舞台だ。リードされるのも痛いが、2点差をつけられてしまった時のショックは大きく、挽回はかなり難しくなる。30分頃にセネガルがボールへの寄せを弱めてペースダウンするまで、どうにか1失点で切り抜けた。

乾が1得点1アシスト、交代の本田と岡崎も活躍

34分、貴重な同点ゴールが生まれた。左サイドでロングパスを受けた長友からのボールを、乾がきっちりと決めた。息のあったパスワークを、セネガルの守備陣はつかまえきれていなかった。日本らしい連係で奪った得点。ここから、試合は日本ペースになった。

前半、同点ゴールを決める乾(右)(24日、ロシア・エカテリンブルクで)=宇那木健一撮影

71分に再びリードを許す展開になっても、チームは動じなかった。そこまでの試合内容に手応えを感じていた選手が多かったからではないか。2度目の同点劇は78分だった。この日も攻守にMVP級の働きだった大迫からのパスが、ゴール前の混戦を経由し、左サイドの奥へ飛び込んだ乾へ届く。乾からの折り返しのパスを左足で流し込んだのが本田で、相手GKを引きつける役割で支えたのが岡崎だ。本田は抜群の決定力、岡崎は体を張る泥臭さという持ち味を発揮したし、1-2になってからこの2人を投入した西野朗監督の勝負師ぶりにも感心させられた。

後半、同点ゴールを決め笑顔の本田(中央)と抱きつく大迫(左は柴崎)(24日、ロシア・エカテリンブルクで)=三浦邦彦撮影

大迫は決定的なシュートの空振りがあり、乾にはゴール枠をたたいたシュートがあった。あの2本が決まっていれば、なお良かったが、それは欲張り過ぎかもしれない。「偶然入ってしまった」のではなく「狙い通りの連係で奪った」ゴールが2度決まり、攻撃面で収穫の多い一戦となった。

後半、決定的なチャンスで大迫(中央)がシュートを打てず(24日、ロシア・エカテリンブルクで)=宇那木健一撮影

「2戦目の勝ち点1」22年越しで獲得

1996年、西野監督の下で自分も出場したアトランタ五輪のU-23(23歳以下)日本代表は、2戦目でナイジェリアに0―2で敗れた。この敗戦と、得失点差で分が悪くなったことが響き、あの時はグループリーグで敗退した。1戦目で南米の強豪を破り(アトランタ五輪の初戦は1-0でブラジルを撃破)、2戦目でアフリカ勢と顔を合わせるところまでは、今回も同じだった。引き分けに持ち込み、3戦目に22年前と違う展開で臨めるのは何よりだ。西野監督も、あの時とは違った手応えを感じているのではないか。

それにしても、見応えのある攻防。W杯の面白さを再確認させられた。決勝トーナメントになれば、きっとさらに面白くなるだろう。一丸となってポーランド戦を乗り越えてほしいし、チームの仕上がり具合からみて、実現する可能性は高いと思う。(談。聞き手=読売新聞メディア局・込山駿)

プロフィル 伊東輝悦

いとう・てるよし 元日本代表、現J3アスルクラロ沼津MF。1974年8月31日生まれ、静岡県出身。東海大一高(現・東海大静岡翔洋高)から、Jリーグ元年の93年に清水入りした。96年アトランタ五輪の23歳以下日本代表の主力選手で、「マイアミの奇跡」と呼ばれたブラジル戦の大金星では決勝点を決めている。フル代表では27試合に出場し、日本がW杯に初出場した98年フランス大会ではメンバー入りした。クラブチームでは、2010年まで清水で活躍。その後は甲府、AC長野、秋田を経て、43歳の今も沼津でプレーを続けている。

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