ワールドカップ狂騒曲(12)ペレとマラドーナ、連なる巨星にエムバペも?

語り継がれる勝負やゴールは数え切れない。トラブルや判定論争も、たびたび世を騒がせてきた。サッカーの祭典・ワールドカップ(W杯)の歴史を、エピソードで振り返る。(読売新聞メディア局編集部・込山駿)

60年ぶり「王様」と肩を並べる

現役時代の写真を背に、サッカーを語るペレ氏(2014年5月、ブラジル・サントスで)=畔川吉永撮影

W杯ロシア大会ではフランスの19歳・エムバペが、スーパースター候補らしい輝きを放った。決勝トーナメント1回戦でアルゼンチンと対戦し、規格外の俊足とシュート力を武器に2得点1アシストの活躍で、チームを4-3の勝利に導いた。10歳代の選手が、W杯の決勝トーナメントで1試合に複数得点を挙げるのは、実に60年ぶりだった。

60年前に快挙を達成したのは、ブラジルのペレだ。サッカーの「王様」は、77歳の今もW杯に熱い視線を注ぐ。「おめでとう、エムバペ。その若さでW杯2ゴール、仲間になってくれてうれしいよ。この後のゲームでも健闘を祈る。ただしブラジル戦以外で、ね」と、ツイッターでエムバペを祝福した。ロシア大会では、王様が心配したカードは実現せず、フランスは勝ち進んで1998年大会以来2度目の優勝を飾った。

浮き球でDFを手玉、栄光の1958年決勝

ブラジルのサンパウロで2002年に開かれた「ペレ展」に展示された英雄ペレの現役時代の写真=清水健司撮影

ペレが世界を驚かせたのは、1958年スウェーデン大会だ。当時17歳の天才児は、華々しいW杯デビューを飾った。

準々決勝ウェールズ戦での初ゴールは、今も破られていない大会最年少得点(17歳239日)記録だ。フランスとの準決勝ではハットトリック(1試合3得点)を演じた。しかし、そんな大活躍さえも、6月29日にストックホルムで行われたスウェーデンとの決勝に向けた序章に過ぎなかった。それは、国際サッカー連盟(FIFA)が公式サイト内で公開しているモノクロ動画を見ると、よく分かる。

ブラジルが2-1でリードし、ハーフタイムを終えて10分後。ペレは、ペナルティーエリアの中央で左サイドからの高いクロスを胸で受け、1人目の相手DFをかわした。さらに、ボールが地面に落ちる前に軽く蹴り上げ、2人目のDFの頭上を越して素早く背後に回り込む。低く鋭いボレーシュートで相手GKの左を破り、ゴールネットに突き刺した。

浮き球を駆使した個人技とアイデアで、巨漢DFを手玉に取る――。そんなブラジル流サッカーのイメージの象徴ともいえる芸術的なゴールは、屈強なベテランぞろいだったとされる開催国に、深いダメージを与えたはずだ。ペレが終了間際にも見事な跳躍からのヘディングシュートも決め、スコアは5-2。サッカー王国に初優勝をもたらした立役者は、間違いなくペレだった。

背番号「10」がサッカー界でエース番号として定着したのも、この大会のペレからだと言われている。W杯に4度出場して3度優勝と、まばゆい栄光に彩られた選手人生。引退後はサッカーの普及振興に世界中で力を注ぎ、国連児童基金(ユニセフ)の親善大使や母国のスポーツ大臣も歴任した。競技の枠組みを超えて活躍した20世紀スポーツ界で最も偉大な人物の一人だ。

神の手、60メートル5人抜き

1986年W杯メキシコ大会イングランド戦で物議を醸した「神の手」ゴール(AP)

W杯史には、1958年のペレに劣らない衝撃のゴールを決めた選手が、もう一人いる。アルゼンチンのマラドーナだ。ペレと違って輝かしい道を歩み続けた人物ではないが、25歳で出場した1986年メキシコ大会準々決勝イングランド戦(6月22日)で決めた「神の手」と「60メートル5人抜き」の2得点は、時代を超えて語り継がれる。

両チーム無得点で迎えた51分。マラドーナはまず、相手陣中央でのドリブルで3人を抜いてゴールに迫った。パスを受けた味方がボールを失ったが、次の瞬間にイングランドの選手がGKシルトンに浮き球で送った不用意なバックパスを見逃さなかった。ボールに飛びついてシルトンと競り合うと、ヘディングすると見せかけ、左手でボールをたたいてゴール内へと送り込んだ。

イングランド側は「ハンドだ」と猛抗議した。その通り反則だったはずなのだが、チュニジア人の主審は受け付けず、得点と認定された。試合後にマラドーナは、悪びれることなく有名な一言を発する。

「神の手を使った」

正真正銘のスーパーゴールを決めたのは、抜け目ない悪童の一面を発揮した3分後のことだ。自陣右サイドのハーフウェーライン近くでドリブルを開始。サッカーの母国がW杯に送り込んだ屈強なDFを、あっという間に2人抜く。スピードに乗って、3、4人目も抜き去ると、最後はGKシルトンをもかわし、空いたゴールに流し込んだ。約60メートルを突っ走って5人を抜き去るまでに、マラドーナは得意の左足でしかボールに触っていない。魔法のようなテクニックだった。

巨大なアステカ競技場を埋めた11万4580人の観衆は、総立ちで床をドンドン踏み鳴らし、声援が約10分間も続いたと伝えられる。サッカー評論の大御所で、イングランド人のブライアン・グランヴィル氏も著書「決定版ワールドカップ全史」で、こう称賛した。「ディフェンスに重きを置いたサッカーが幅をきかせるようになった時代に、ずんぐりとした体形で筋肉質、爆発力を秘め、器用さにかけては限界を知らないマラドーナは、いまなお天才プレーヤーの登場する余地があることを示してくれた」。ただし、神の手ゴールは「泥棒のしわざ」だと毒づいている。

天下の悪童も絶賛

アルゼンチン国内の練習施設内に飾られた1986年W杯優勝メンバーの巨大な写真。手前寄りでトロフィーを右手に抱えるのがマラドーナ(2010年5月、野崎尉撮影)

イングランド戦を2-1で制したアルゼンチンは、準決勝でベルギー、決勝で西ドイツを破って優勝。マラドーナはベルギー戦でも4人抜きのドリブルシュートなどで2得点し、西ドイツ戦でも見事な縦パスで決勝点をアシスト、世界中のファンや関係者を魅了した。

続く1990年イタリア大会でチームを準優勝に導いた頃を境目に、マラドーナの人生は暗転した。不正薬物使用や空気銃乱射などの事件を繰り返し、94年アメリカ大会はドーピング違反でピッチを去った。引退後はクラブチームやアルゼンチン代表の監督も務めたが、成功しなかった。それでも、サッカーに注ぐ天真らんまんな愛情は、57歳の今なお衰えない。昨年末には、フランスのクラブチームで頭角を現した若手を「サッカー界の驚きの新発見だ」と褒めちぎった。それがエムバペだ。

フランスの新星、ロシア大会決勝でもゴール

クロアチアとの決勝でチーム4点目のゴールを決め、喜ぶエムバペ=宇那木健一撮影

ロシア大会でエムバペは、フランスが4-2でクロアチアを破った決勝で、4点目を右足のミドルシュートでたたき出し、3点目にも右サイド突破で一役買った。その俊足と決定力を完全に封じ込める相手は、最後まで現れなかった。

大会を通じて、計4得点。10歳代でW杯決勝に出場した選手はペレ、1982年大会のベルゴミ(イタリア)に続いて史上3人目で、決勝の得点者としてはペレに次ぐ若さだ。21歳以下の選手を表彰する大会の最優秀若手選手賞にも選ばれた。

ペレやマラドーナのようにW杯制覇の圧倒的な立役者となったわけではないにせよ、素晴らしい将来性を感じさせるW杯デビューを飾ったエムバペ。今後は、スーパースターのキャリアを歩むのか。世界中のサッカーファンが熱く見守ることだろう。(終わり)

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