オシム氏、W杯を語る(下)~美のために死を選ぶ時代は去った【完全版】

元日本代表監督のイビチャ・オシム氏(77)に今大会、印象に残ったことを語ってもらった。※7月17日付紙面記事の完全版です

イビチャ・オシム氏(2008年6月撮影)

長いようで短いW杯が終わった。序盤は守備的傾向が目立ち、つまらない試合が多かったが、終わってみれば良い印象が残った。ロシア側の大会運営もまずまずだった。

ベスト4にブラジル、アルゼンチン、ドイツ、スペインのどれも残らなかったのは史上初ではないか。スーパースターも勝ち残れなかった。予想を裏切る「番狂わせのW杯」だった。これだからサッカーは面白い。

謙虚だったクロアチア「20年前とは全く違う」

最大の事件はクロアチアの準優勝だ。私の知り合いが多いから言うのではない。先制されてもあきらめず、連携して相手ゴールをこじ開けた。何十億円も稼ぐような大スターはいないが、モドリッチを中心にまとまった好チームだった。

私が注目したのはダリッチ監督のパーソナリティーだ。クロアチアでは「第2次黄金期」などと、1998年フランス大会(初出場で3位)を超える成績を期待する重圧が強かった。しかしダリッチ監督は「グループリーグ突破が第1目標だ」と繰り返し、選手に徹底した。造反を起こした選手は即時追放し、誰も特別扱いしないことをはっきりさせた。選手も監督を信頼し、チームは結束した。20年前とはまったく違うスタイルだ。

クロアチアを含む旧ユーゴスラビア諸国はこれまで、少し勝つと自分が空を飛べるかのように傲慢になる傾向があった。今回のクロアチアは監督の謙虚さが、チームに平常心、落ち着きを与えたのではないか。

何より粘り強さが印象に残った。逆転勝ちが多い。準決勝も、守備を固めるイングランドに対し、クロアチアが同点に追いついたことで好試合になった。フランスとの決勝でも、疲労など不利な条件でも攻撃的姿勢を貫いた。VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)による不運なPKがなければ、どう転ぶかわからなかった。

選手と観客にわかりやすくなるなら、テクノロジーに頼るのは恥ではない。VARは、うまく活用すれば、これまで見逃されてきたゴール近くでの反則ができなくなり、サッカー全体に変化を与えるだろう。しかし、今大会では運用に安定性、一貫性がなかった。見た限りでは良いとも悪いとも結論は出せない。次回も採用するなら改善が必要だ。

今回、W杯全体を通じて攻撃面での戦術的革新は見られなかった。一方、目立ったのは組織的守備だ。メッシ(アルゼンチン)やロナルド(ポルトガル)も、守備網におさえられた。「ティキ・タカ」(スペイン独特のパス回し)も、開催国ロシアの超守備的戦術を破れなかった。

もはや「美のために死を選ぶ」ことが評価される時代は去ったのだろう。

この守備的戦術の台頭を打ち破るような攻撃面での戦術革新には、時間がかかるかもしれない。エムバペ(フランス)、ケーン(イングランド)など新世代の長所を活かすためにも、組織的な戦術が必要だ。戦術の進歩がなければ、サッカーはつまらないものに逆戻りしかねない。4年後にはもっとスペクタクルな試合をたくさん見たいものだ。

日本の戦いに「好感を持った」

日本ーベルギーを、オシム氏は「今大会屈指の好試合」と高く評価した

そうした意味でも、日本にはもっとW杯の旅を続けてもらいたかった。強い相手にひるまない勇敢なプレーを続けて、「これが本来のサッカーの魅力だ」という試合を、世界に日本が見せてほしかった。W杯序盤に比べ、選手たちの呼吸の合ったプレーが次第に良くなっていただけに、その続きが見られなかったのは残念だった。

ベルギー戦では、2点のリードを生かして手堅く「試合を閉じる」手だてが取れず、逆転負けを喫した。しかし、私は日本の戦いに好感を持った。自分たちより強い相手を慌てさせ、その後も手を緩めずに追加点を挙げた。結果的に終了間際に逆転されたが、リードしてすぐに守りに入っていたら、もっとたやすく追いつかれていただろう。今回のW杯屈指の好試合だった。

ベスト8への壁などと言わずに、日本にはもっと先に進んでほしい。決勝トーナメント進出が、日常のあいさつのように当たり前になって、初めてその先が見えてくるはずだ。(通訳・千田善氏)

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