井手口の挑戦(上)~新星が海を渡る

相手に激しくぶつかっていくプレーでG大阪の主力に成長した井手口

年明け早々の1月4日。大阪府吹田市内で井手口陽介(21)のイングランド2部リーグ、リーズへの完全移籍が発表された。記者会見でカメラのフラッシュを浴びた井手口は、強い口調で言い切った。「挑戦したいという気持ちがあった」。ワールドカップ(W杯)ロシア大会を控えた大事な時期にもかかわらず、海外移籍という大きな決断をした理由は、その短い一言に込められていた。

■黙々

「挑戦」は子供のころからの井手口のキーワードだ。

福岡市で生まれ、8歳上と5歳上の2人の兄の影響で、物心がつく前からボールを蹴っていた。友達と遊ぶ時、場所がショッピングセンターでも、サッカーボールを抱えていった。小学6年で地元のサッカーチーム「油山カメリアーズ」に入団すると仲間はみんな、ドリブルがうまかった。すると、母の亜紀子さん(50)に、工事現場などでよく見かける赤いコーン標識をねだり、買ってもらった四つのコーンを自宅近くの公園で並べ、間をドリブルで抜く練習を黙々と続けた。

当時、指導した加藤義裕監督(40)は「技術はずば抜けていたけど、鼻にかけることは一度もなかった。お兄ちゃんたちもサッカーがうまく、陽介は『自分は天才だ』なんて思うことはなかったんだろう」と振り返る。

■口論

小学校の卒業間際、亜紀子さんの勧めでG大阪ジュニアユースのセレクションに臨んだ。井手口は「あんまり手応えはなかった」と振り返るが、見事に合格した。

亜紀子さんと一緒に大阪へ移り、当時、阪南大に通っていた長男、正昭さん(29)と3人での生活が始まった。関西になじむのには少し時間がかかったが、試合には、すぐに出場するようになった。

しかし、高校入学後、寮に入ると次第に生活が乱れた。アルバイトや遊びを楽しむ友人をうらやましく感じ、学校や練習をさぼるようになった。クラブから謹慎処分を受けたことも。「なんで自分の可能性をつぶすようなことするの」と叱る母に「何でも、お母さんが決めてきたんやないか」と声を荒らげて逆らった。「サッカーをやめたい」と漏らす時さえあった。

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