[サッカーの惑星]ロシア編(1)激戦の地 W杯の熱気

「永遠の炎」の祭壇を訪ねた(左から)バルコワさん、スミルノフさん、スコーチェワさん、バベンコさん(下)街を望む丘にある「母なる祖国像」(いずれも昨年11月、ボルゴグラードで)=青柳庸介撮影

◆若者「変わる街 見届ける」

211もの国と地域が国際サッカー連盟(FIFA)に加盟し、ワールドカップ(W杯)決勝ともなれば10億人以上が中継を視聴する<サッカーの惑星(ほし)>が、この地球だ。6月14日に開幕するW杯ロシア大会に出場する32か国・地域の中から6か国を取り上げ、それぞれが抱く思い、その背景を紹介する。まずは東欧圏で初の開催国となるロシアを訪ねた。

 

■ヒロシマの衝撃

ロシア南部、人口約100万人の都市ボルゴグラードは、旧名スターリングラード。日本―ポーランドなど4試合が行われる地は、第2次世界大戦の激戦地として知られる。1942年、旧ソ連兵がボルガ河畔でナチス・ドイツ軍の侵攻に耐え、援軍による反撃で戦況を覆した。かつて独裁者スターリンの名を冠し、今も戦勝記念のモニュメントや英雄らの石像が並ぶ、世界大戦の転換点となった街だ。

「こんなに旧ソ連時代の名残が色濃い街は、他にないよ」。外資系ホテルで働くイリヤ・スミルノフ(26)は昨年11月19日、市街地を望む丘の巨像「母なる祖国像」に友人3人といた。反攻作戦の開始から75周年の記念日。セレモニーが街中で行われ、巨像近くの祭壇「永遠の炎」に無数の花が手向けられた。

4人とも、91年のソ連崩壊後に生まれた「ロシア世代」。そして全員がヒロシマを知る。国外とのつながりに興味を持ち、姉妹都市・広島市との交流会に参加してきたメンバーだ。

スミルノフは2013年に広島を訪ねた。「初めて原爆ドームを見た時は驚いた。ボルゴグラードにも同じような遺産があるんだ」。凄惨(せいさん)な市街戦で銃弾を浴びた建物や、独ソ戦の史料を集めた博物館に幼い頃から通ってきた。

「ヒバクシャの体験も聞いた。少年時代に学校で被爆し、1週間かけて自宅のあった場所にたどり着いたそうだ。『後遺症に悩まされながらも幸せな人生を歩んできた』という彼の言葉は生涯、忘れない。その時に初めて、僕は真実を知ったんだ」

■「世界で仕事を」

学校で学んだ歴史は「祖国の勝利をたたえ、愛国心を高めるものだった」。広島での話はスミルノフの感性に突き刺さり、歴史観を一変させた。「ボルゴグラードは何千発もの爆撃で、広島は1発で。どちらも街が滅び、悲しみから復興した。戦争を二度と繰り返してはいけない」。大学では言語学を専攻していたから「将来、世界で仕事をしたい」との思いも強くなった。14年ソチ冬季五輪などにボランティアで参加した。

02年日韓共催大会の開催地になれなかった広島と違い、故郷はW杯の舞台となる。原油価格の下落や、ロシアによるウクライナ領クリミア半島の併合を巡る欧米からの経済制裁で「2年前まで深刻な不況で、能力に見合う仕事も対価もなかった。同世代の多くが大都市に職を求め、僕も考えた。でも今は、W杯で投資の波が押し寄せている」。

ビートルズやスティングを聴く通勤の車中から見える街並みのあちこちでは、道路や公園の整備工事が行われ、スタジアムが新設された。ソチ五輪直前の13年12月にテロ攻撃を受けた駅舎も、新たな改修が施された。デザインや情報技術(IT)の分野で創業する若者もいる。「ロシアの問題は、道路の悪さと無学だ」というアネクドート(小話)をひねり、最近は「W杯で道路は解決する」というジョークが飛ぶ。

スミルノフはW杯の間、世界中から訪れるファンをホテルで迎える。「W杯は、街の景色だけでなく、住民の意識も変えるかもしれない。僕が街を離れるとしても、それを見届けてからでいい」。大きなうねりになってほしい。かつてヒロシマが自分を変えてくれたように。(敬称略)

 

◆通訳・交流「懸け橋に」

スミルノフの友人たちも、みずみずしい感性で、国外へと視野を広げてきた。W杯で世界中から押し寄せるサポーターらとの出会いを楽しみにしている。

大学で同級生だったビクトリア・バルコワ(26)は、20歳の頃から広島などとの交流イベントに参加。親友のスベータ・スコーチェワ(26)と2017年6月に日本を旅行し、「電車では誰もが静かに過ごし、互いを思いやる。それが日本のホスピタリティーだと感化された」。英語とドイツ語の通訳をしているからW杯中は忙しくなりそうだ。大学生の妹もボランティアを務める。

スコーチェワは、学校で7~18歳に英語を教える教師。昨年9月、生徒たちとボルゴグラードの名所を紹介する約4分間の映像を作り、動画サイト「ユーチューブ」に投稿した。「6人の生徒が、撮影やナレーションに17時間もかけて完成させたの」。全世界に、街の魅力が届くことを願う。

大学の後輩で出版社勤務のセルゲイ・バベンコ(25)は「日本オタク」。大学時代に日本文化サークル「悟り」を創設し、日本語を独学している。日本がグループリーグ第3戦を行うのを機に、「この街と日本との懸け橋になりたい」と、日本語を生かす場を探している。

 

◆グループリーグA組、ロシアの試合予定

(日付は現地時間、カッコ内は会場)

6月14日 サウジアラビア戦(モスクワ・ルジニキ、開幕戦)

19日 エジプト戦(サンクトペテルブルク)

25日 ウルグアイ戦(サマラ)

 

◇ロシアの歴史

1917年 ロシア革命

22年 ソ連成立

39年 第2次世界大戦が勃発

42年 スターリングラードの戦い(~43年)

56年 日ソ共同宣言

72年 ボルゴグラードと広島市が姉妹都市提携

80年 モスクワ夏季五輪

91年 ソ連崩壊。ロシア連邦成立

2000年 プーチン大統領就任(1期目)

10年 W杯招致決定

14年 ソチ冬季五輪

ウクライナ領クリミア半島を併合

 

◇スターリングラード攻防戦

第2次世界大戦中の1942年夏から43年2月にかけてナチス・ドイツ軍などの侵攻により、激しい市街戦が繰り広げられ、街は廃虚と化した。家屋の85%が破壊され、人口が50分の1に減ったなどと言われる。一時は市内の大半を制圧されたが、旧ソ連軍は42年11月19日から、南北から挟撃する反攻作戦を始め、包囲に成功した。世界大戦の行方を決める激戦地となった。

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