[サッカーの惑星]コロンビア編(中)お手本はロドリゲス

少年時代にロドリゲスと一緒にプレーしたディエゴ・ノレニョ氏(左)とジャメル・グスマン氏(3月6日、イバゲで)=田口直樹撮影

◆欧州の名門へ 有望な若者発掘

「あと10分だけでも練習に付き合ってください」。全体練習が終わっても、11歳の少年はコーチに食い下がった。仲間たちが引き揚げたグラウンドに毎日居残り、日が暮れるまでFKの練習を繰り返していた。22歳で迎えた2014年ワールドカップ(W杯)ブラジル大会で6得点を挙げ、得点王となったハメス・ロドリゲスの幼き日のことだ。

少年時代を過ごしたのは、首都ボゴタから車で3時間半の中西部イバゲ市。「7歳で入団した時から、口癖は『コロンビア代表になりたい』だった。自分の将来がしっかりと見えていた」と、「トリメンセ・サッカー・アカデミー」代表のアルマンド・カルデロン(56)は振り返る。

元チームメートのディエゴ・ノレニョ(27)は、プロデビューした14歳の時から個人トレーナーや管理栄養士を付けて体作りに励んでいたのを覚えている。「小柄だったが、努力を惜しまなかった。強靱(きょうじん)な肉体はそのたまものだ」

ロドリゲスが10代を過ごした2000年代は、コロンビア政府が治安部隊を増強するなど、ゲリラ掃討作戦を強化した時代。人口10万人あたりの殺人発生件数は、00年の約65件が17年には25件を下回り、テロや誘拐も近年は減少傾向と治安が改善に向かう中で、初のW杯8強に代表を導いた立役者は育った。

世界のサッカー界でも当然、コロンビアに対する評価は高まった。ロドリゲスはレアル・マドリード(スペイン)を経てバイエルン・ミュンヘン(独)と世界的名門クラブを渡り歩き、他の代表主力選手も多くが欧州の強豪に所属するようになったのが大きな変化。コロンビア・サッカー連盟ゼネラルマネジャー(GM)のルイス・エスコバルは「ロドリゲスらの活躍により、有名クラブのスカウトが注目するようになった」と話す。

あるクラブ役員は「我々の目的は、有名クラブにスカウトされる選手をいかに育てるかだ」と言い切り、連盟も才能の発掘、育成に力を入れる。首都ボゴタやカリなど5地域に育成拠点施設「能力開発センター」を置く計画を立て、8~14歳の40人程度を選抜して無償で育てる青写真を描く。エスコバルは「偶然性に頼っていては強くなれない。W杯常連国になるには優れた選手を計画的に育てる仕組みが必要だ」と強調する。

W杯が近づく中、国内ではロドリゲスら有名選手の生い立ちについてテレビで繰り返し放送されている。ボゴタに住むクリスティアン・ファビリス(23)は言う。「一生懸命に練習して世界的な選手に成長した姿は、子供たちのロールモデルだ。世界にコロンビアをアピールしてほしい」(敬称略)

 

◇ゲリラ掃討作戦

2002年に誕生したコロンビアのウリベ政権は米国から多額の軍事支援を受け、空爆などによる左翼ゲリラ掃討作戦を展開した。一時は2万人とされたコロンビア革命軍(FARC)の勢力は8000人程度まで縮小。弱体化したFARCは12年、サントス政権との和平交渉を進めることになった。

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