[サッカーの惑星]セネガル編(上)「第二の独立」 旋風よ再び

奴隷解放を表現した像の前で、ゴレ島の歴史を語るサム(3月9日撮影、ダカールで)=藤基泰寛撮影

◆奴隷貿易の歴史…「代表は誇り」

2002年5月31日。ゴール前へ滑り込んでいたB・ディオプは、ふわりとこぼれてきたボールに左脚を伸ばした。ワールドカップ(W杯)日韓大会の開幕戦で、連覇を狙う強豪フランスを初出場国が沈めた一発。ソウルから遠く離れた首都ダカールで、テレビ観戦していた人々は街頭へ飛び出し、国旗を振りながら踊り、歌い、叫んだ。「第二の独立だ!」

1960年の独立まで、170年以上宗主国だったフランスとの関係は、フランス企業の看板が街中にあふれるように現在も深い。国内の安定と経済発展を支えてくれる存在ではあるが、歴史的には複雑な感情ももちろんある。

その象徴がダカール沖に浮かぶ世界遺産の小島「ゴレ島」。かつては西アフリカでの奴隷貿易の拠点だった。「暗く、狭い部屋に20人の黒人が押し込められていたんだ。外に出られるのは1日1時間だけ。3か月に1度来る船に乗せられるまで、過酷な日々を過ごしていた」。20年以上、ガイドを続けるイブライム・サム(51)は、「奴隷の家」と呼ばれる2階建ての建物で説明した。

サムによると、ゴレ島の暗い歴史が現地で詳しく語られ始めたのは意外にも最近で、約40年前だという。ブバカール・ジョゼフ・ンジャイというセネガル人が、フランスで埋もれていた資料を見つけたのがきっかけだった。「我々の心のどこかに白人への恐れがあり、島の話は避けられていた。だが彼は勇気を持って口に出した。人類にとって、この歴史は忘れてはいけないことなんだ」。サムは強調する。

波乱続出のW杯日韓大会で口火を切ったセネガル代表が、しなやかで力強い速攻を武器に8強へ駆け上がったのは今から16年前。まだまだ絶頂期とみられていたスター集団の旧宗主国を破った衝撃は想像を絶する。

セネガル・サッカー連盟の副会長、アブドゥレイエ・セドゥー・ソウは「奇跡のような結果を残した代表は人々の誇りだった。サッカーが持つ力を実感した」と振り返る。

6月開幕のロシア大会は、実にこの時以来の出場となる。南アフリカなどとの最終予選を突破に導き、W杯で指揮を執るのは、2002年の主将、アリウ・シセ。「当時と同じく、才能のあるチームだ。我々の士気は高い」。日本などとグループリーグで戦う今大会、42歳の監督は、国民の期待を背負い、奇跡の再現を狙っている。(敬称略)

 

◇奴隷貿易とゴレ島

15世紀にポルトガル人が上陸して以降、ゴレ島は欧州とアフリカ、アメリカ大陸を結ぶ三角貿易の拠点となり、特に奴隷の積み出し港として大きな役割を担った。島の領有権は16世紀以降、オランダ、フランスへと移り、1960年のセネガル独立に合わせて、セネガル領となった。78年には国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録され、欧州などから多くの観光客が訪れる。

 

◆グループリーグH組、セネガルの試合予定

(日付は現地時間、カッコ内は会場)

6月19日 ポーランド戦(モスクワ・スパルタク)

24日 日本戦(エカテリンブルク)

28日 コロンビア戦(サマラ)

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