変化恐れず つかんだ信頼 長谷部誠

ドイツ生活が10年を超え、「いつの間にか、気づいたらという感じです」(4月2日、独フランクフルトで)=青柳庸介撮影

◇MF 長谷部誠 34(フランクフルト)

ドイツで11度目の春を迎えた。今季、フランクフルトは上位につけてきたが、1日、ブレーメン戦の黒星は痛かった。味方GKが球の落下点を見誤るファンブルで、決勝点を与えてしまった。「彼は本当に良いGK。今まで、ああいうミスはほとんどなかった」。すぐに「次、次」と声をかけ、試合後も「今まで、どれだけチームを救ってきたんだ。大丈夫」と励ました。

翌日、選手たちでつながる通信アプリにメッセージが届いた。「みんな、勝利のボーナス、ゴメン!」。GKの屈託のないコメントに笑いながら、立ち直りの早さが頼もしく思えた。

在籍4季目にして古株。チームを見渡す役割は、ワールドカップ(W杯)ロシア大会に臨む日本代表とさほど変わらない。ブレーメン戦の数日後、クラブと1年間の契約延長に合意したと発表され、リリースで「プレーセンス、視野の広さと経験でチームに貢献」などと評された。

ずば抜けたスピードや身体能力に恵まれたわけではない。第一線でプレーし続ける秘訣(ひけつ)を、本人は「いい監督、いいチームメートに巡りあえた運」と語るが、慕われる人柄に加え、戦術を理解し、どんな役割もこなす適応力があってこそだ。

J1浦和ではドリブラーとして頭角を現し、2008年に渡ったドイツでは「日本では出てこないところから脚が出て、突っかけられる。ドリブルで上がれば怒られ、嫌でもプレースタイルを変えなきゃと思った」。中盤もサイドバックも、GKの代役まで経験した。近年はDFラインを統率するリベロも増えた。

「生き残るために、自分の持ち味も迷わず切り捨てられた。若い頃は『自分のために』というのが強かったけれど、いろいろ経験し、『チームのためなら』と受け入れやすくなった」

変えないものもある。練習前に約30分間のストレッチは欠かさず、ほぼ毎日、トレーナーに体を手入れしてもらう。「偉そうなんだけど、『この角度で、こう押して』と細かく指示する。自分の感覚へのこだわりはある」。練習前のボール回しなどに加わらないのも、浦和時代から一貫している、けが予防法だ。

「ドイツでやっていないポジションはFWだけ」「(肉離れなど)筋肉系のケガだけはしない」というのが、ひそかな自慢。変化をためらわない勇気と、地道に継続する努力が、支えだろう。代表主将のすごみは、数字では表せない自負に凝縮されている。(青柳庸介)

◇はせべ・まこと 静岡県出身。藤枝東高(静岡)からJ1浦和に進み、2006年にJ1初優勝、07年にアジアチャンピオンズリーグ初制覇に貢献。08年からドイツに渡り、ウォルフスブルク、ニュルンベルクを経て、14年からフランクフルト。独1部リーグ通算出場試合数260は日本人最多。1メートル80、72キロ。日本代表では10年W杯南アフリカ、14年ブラジルの2大会で日本の全7試合に先発するなど、通算108試合出場2得点。11年から正式に代表チームの主将を務めてきた。

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