[サッカーの惑星]パナマ編(下)経済成長 プレー環境整う

パナマ国内リーグの公式戦が行われるマラカナン競技場。スタンドは空席が目立つ(パナマ市で)=三室学撮影

◆選手レベルアップ 海外へ

3月、首都パナマ市のマラカナン競技場で行われた国内リーグ戦。5500人収容の観客席は2割ほどしか埋まっていなかった。「それでも、昔と比べれば天と地ほどの差がある。レベルもすごく上がった」。元パナマ代表FWで、現在はU―20(20歳以下)代表監督を務めるホルヘ・デリー・バルデス(51)が感慨深げに語る。

JリーグのC大阪、札幌などでゴールを量産、「パナマの怪人」の異名を取ったストライカー。パリ・サンジェルマン(仏)やマラガ(スペイン)などで活躍した双子の弟フリオとともに代表でもプレーしたが、ワールドカップ(W杯)出場は夢のままに終わった。「いい選手はいたが、しっかりした施設がなく、環境や経験に問題があった」

1988年に発足した国内リーグは当初、プロとアマの混成だった。「サッカー場がなく、野球場で試合をしていた。移動は公共バスだった」とホルヘ。デビュー当時は無給で、ケーブルテレビの配線の仕事をしながら試合に出ていたという。

「レベルはホンジュラスの3部リーグ程度。練習環境もひどかった」。2000年代に中米ホンジュラスでGKとしてプレーし、パナマのクラブの練習にも参加したことがある山野陽嗣(38)は振り返る。

経済成長に伴い、リーグにもスポンサーがつき、公営のスタジアムが各地に建設された。環境が整ったことで選手のレベルは上がり、海外でプレーする選手が増えた。3月の欧州遠征に臨んだ代表24人で、国内でプレーするのは3人だけ。今や移動はビジネスクラスだ。

現在の代表選手は、バルデス兄弟の活躍を見てプロに憧れた世代。自身はW杯に出られなかったが、その足跡は母国に大きな遺産を残した。「パナマでは誰もがバルデス兄弟を知っている。パナマサッカーの象徴的存在」。ホルヘとも親交がある山野はそう断言する。

パナマのサッカーは発展途上だ。国内リーグのチームがあるのは全国10県中4県のみで、10クラブのうち六つがパナマ市を本拠地とする。「地方にも素質のある選手はたくさんいるが、才能を伸ばす環境が整っていない」とホルヘ。U―20代表監督として地方を飛び回り、指導者を派遣するなどして原石の発掘と育成に努めている。

将来は、育てた選手を率い、フル代表監督としてW杯に出場するのが夢だ。「日本で学んだ規律正しさは指導者としても役立っている。日本と対戦できたらいいね」。大きな目を細めて笑った。(敬称略)

◆運河返還による経済成長

国内総生産(GDP)は、2001年の125億ドル(約1兆3600億円)が、16年には552億ドル(約6兆円)と約4.4倍に増加。主要産業はパナマ運河運営や国際金融センター、観光などの第3次産業で、GDP全体の8割を占める。パナマ運河庁の収入は、米国から返還直後の2001年の6億3000万ドル(約690億円)から、17年は約4.5倍の29億ドル(約3200億円)に増加。年間12億ドル(約1300億円)もの収益を生み出している。

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