[サッカーW杯20年](中)強豪に戦略で対抗

岡田元監督と共に強化策を提唱した小野剛氏

◆戦略立案・育成に活用 体調管理 科学的に

サッカー日本代表の強化の大きな契機は、1993年10月28日、ワールドカップ(W杯)米国大会アジア最終予選の最終戦で、イラクに終了間際に追いつかれ、初出場を逃した「ドーハの悲劇」だ。

当時、日本サッカー協会の強化委員長だった川淵三郎・現相談役は「今にして思えば最高の出来事」と振り返る。日本代表の注目度は一気に高まり、協会も強化に本腰を入れ始めた。

日本代表監督を務めていたハンス・オフト氏は、対戦相手を分析するスカウティングを強化した。世界の強豪に戦略で対抗する手法は、96年アトランタ五輪で西野朗監督(現フル代表監督)が率いた日本が、優勝候補・ブラジルのGKとDFの連係の乱れを突く得点で勝利した「マイアミの奇跡」で、まず結実した。

日本がW杯初出場を果たした98年フランス大会では、協会スタッフが分析映像を製作。クロアチアのエース・シュケルの動きをマーク役のDF中西永輔(当時市原)に伝えるなどした。

日本代表の戦いぶりを大会後にも分析し、足りなかった点を先々の選手育成、指導者養成に生かす――。3戦全敗に終わったフランス大会後、岡田武史監督と小野剛コーチ(後に協会技術委員長)が提唱した方針だ。「日本中の指導者の努力と努力が足し算になる強化策」と小野氏は説明する。「W杯を90分間の試合と思っていたら勝てない。10年、20年と積み重ねてきたことがピッチでの90分間に凝縮されるのがW杯」。世界最高の舞台での経験を共有するため、分析映像は教材としても活用された。

分析映像の制作技術のほか、やはりオフト体制で重視されるようになった選手の体調の向上を図るコンディショニングも進化を遂げた。海外の標高や気温が高い地でのプレーに備えて体を慣らすほか、血液や尿から選手の疲労度を把握して練習の強度や起用法に反映させるノウハウも、専門のスタッフが磨きをかけた。

ところが、協会幹部や代表監督が入れ替わる中で、強化方針がぶれるばかりか、過去の経験や技術、ノウハウが活用されないケースもあったという。関係者によると、スタッフが「この選手は疲れています」と血液データを示したのに対し、「疲れるのは当たり前だ」と取り合わず、映像も参考にしない監督もいたという。

今回、ロシア大会開幕の2か月前に、田嶋幸三会長はバヒド・ハリルホジッチ前監督を解任、後任に技術委員長だった西野氏を指名した。2人はともに、オフト体制下で分析を担当した仲でもある。会長は「日本サッカー界が蓄積してきた英知を結集していく」と記者会見で強調。ロシアでは、25年以上にわたる蓄積が、改めて問われる。

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