[サッカーW杯20年](下)代表の強化は曲がり角

「日本と世界の差は縮まっている」と話す遠藤

◆長い移動 強化影響も

サッカー・1994年ワールドカップ(W杯)米国大会で優勝したブラジル代表の選手は、続々とJリーグ入りした。主将のドゥンガ(磐田)、ジョルジーニョ(鹿島)、ジーニョ(フリューゲルス)――。ドイツのブッフバルト(浦和)、旧ユーゴスラビアのストイコビッチ(名古屋)らも来日。Jリーグチェアマンだった川淵三郎・日本サッカー協会相談役は「一流選手が練習から真剣味をみせた価値は大きい」と振り返る。日本の選手は創設間もないJリーグで「世界基準」を知った。

98年フランス大会の日本代表は全員が「国内組」だったが、大会後にイタリア1部リーグのペルージャに移籍した中田英寿の活躍などをきっかけに、海外移籍が活性化。2002年日韓大会16強を経て、ジーコ監督率いる代表が06年ドイツ大会を目指す頃には、中田英に加え、中村俊輔(セルティック=スコットランド)、高原直泰(ハンブルガーSV=独)ら、「海外組」が主力になった。今世紀に入り、テレビ放映権料など世界中の資金と名選手が欧州へ一極集中していく中で、流れに乗った形。その後も、Jリーグで活躍した多くの日本人選手が欧州に渡り、今年のロシア大会を目指して合宿中の日本代表は、27人中17人が海外組だ。

ただ、海外組は帰国による時差や疲労に悩まされ、出場機会に恵まれない選手は試合勘が乏しくなるなど、強化に影響も出た。そして、日本にとっては、別の問題も生じるようになった。

06年大会の後、10年南アフリカ大会の壮行試合までにアジア勢以外のチームと戦ったのは、ウルグアイ、オランダなど23試合。それが次の4年間では14試合と大幅に減った。国際試合を組める日はW杯予選などアジア勢との公式戦で多くが埋まり、欧州一極集中により強豪チームを日本へ呼ぶことも難しくなっている。昨年、ベルギー、ブラジルという世界トップクラスと親善試合ができたのも、W杯予選後の欧州遠征だった。

06年から3大会連続でW杯の日本代表に名を連ねたMF遠藤保仁(G大阪)は「日本代表は、世界を意識した戦いができるようになってきている。差を縮めるには成長の歩みを止めないことが重要」と強調する。

昨年10月10日、日産スタジアムで行われたハイチ戦の観客は4万7420人。8年前の同日、同じ会場で行われたスコットランド戦が6万1285人だったことを踏まえると、日本代表の人気も落ち着いた感がある。代表のスポンサー料や入場料は日本協会にとって収益の柱で、選手や指導者の育成などといった主要事業を支えていることを考えれば、楽観視はできない。

協会の田嶋幸三会長は「賞味期限というものがある。そろそろ色々なことをリニューアルしないといけない」と危機感を隠さない。初出場から20年。W杯常連となった日本代表の強化は、曲がり角にきている。

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