ワールドカップ狂騒曲(2) かみつきスアレス/最悪の乱闘/仲間割れ

語り継がれる勝負やゴールは数え切れない。トラブルや判定論争も、たびたび世を騒がせてきた。サッカーの祭典・ワールドカップ(W杯)の歴史を、エピソードで振り返る。(メディア局編集部・込山駿)

かみつき魔スアレス(2014年ブラジル大会)

座り込んで歯を押さえるスアレス(手前)。奥は、左肩をかみつかれたと訴えるキエリーニ(14年6月24日)=AP

野性味あふれる身のこなしからゴールを量産する反面、反則も多くて、たびたび出場停止処分をくらう。それが、ウルグアイのエースFWスアレスだ。

W杯ブラジル大会での、かみつき事件はファンの記憶に新しい。2014年6月24日、グループリーグ3試合目のイタリア戦。80分頃、スアレスはイタリアのゴール前で、相手DFキエリーニの左肩に、背後からかみついた。審判が気づかず、反則を取られなかった。だが、映像はテレビにはっきり映し出され、キエリーニもユニホームから肩を出して被害を訴えた。ウルグアイは1―0で勝ち、決勝トーナメント進出を果たしたものの、1回戦で敗退した。

国際サッカー連盟(FIFA)はすぐに調査し、試合の2日後、9試合出場停止と4か月間のサッカー関連活動停止などの処分を科した。W杯の残り試合に出られないだけでなく、所属クラブでのリーグ戦出場や移籍なども4か月間は不可能になる処分だった。地元ウルグアイやベネズエラの大統領が処分の重さを非難し、アルゼンチンのマラドーナも「スアレスが誰か殺したとでもいうのか」とコメントするなど、南米側からはスアレス擁護の声が上がった。とはいえ――。

■南ア大会では悪質ハンド、ロシア大会では?

15年12月、クラブW杯でゴールを決め、喜ぶバルセロナのスアレス(横浜国際総合競技場で)=高橋はるか撮影

かみつきは、スアレスの悪癖だ。2010年と13年にもクラブの試合で出場停止処分を受けた過去がある。かみつき以外にも、10年W杯南アフリカ大会の準々決勝ガーナ戦では相手の決定的なシュートを故意に手を使って阻み、一発退場させられている。悪質なファウルの「常習犯」に対し、厳罰も当然とする論調が、南米以外では目立った。

現在31歳のスアレスはスペインの名門バルセロナでプレーを続けており、ロシア大会も出場が見込まれる。自伝には、ブラジル大会後にカウンセリング治療を受け始めたとの記述もあるが、ロシア大会ではどんな姿を見せるのか注目だ。

サンティアゴの戦闘(1962年チリ大会)

「血しぶきが飛び散った。W杯史上、最も醜悪な試合の一つ」と、FIFAの公式ホームページが酷評する試合がある。「サンティアゴの戦闘」と呼ばれる、62年5月30日、チリ大会のグループリーグ・イタリア―チリ戦だ。

まず、イタリアの選手がチリのサンチェスに殴られた。ボクサーの息子だというサンチェスの強烈なパンチは、相手の鼻の骨をへし折ってしまう。イタリア側も、黙ってはいなかった。イタリアのダビドが、報復のハイキックをサンチェスの首にたたき込んだという。審判はサンチェスのパンチを見過ごし、ダビドのハイキックと別のイタリア選手の反則に対して退場処分を出している。

この試合が過熱した背景は、英国のサッカー評論家ブライアン・グランヴィルが、著書「決定版ワールドカップ全史」(草思社)で解説している。当時のイタリアは、南米諸国から有力選手を次々と引き抜いたために反感を買っていた。さらに、チリ大会前に2人のイタリア人ジャーナリストがチリを侮辱するような内容の記事を母国に送ったため、事態が悪化したという。

この本や本紙の過去記事などによると、開催2年前に大地震に見舞われたチリでの大会は、荒っぽいプレーが横行した。ブラジルの「王様」ペレも2戦目で負傷し、戦線離脱を余儀なくされた。ペレ不在に燃えたガリンシャのゴール量産がチームを優勝に導いたが、その彼も準決勝では蹴られたことへの報復行為で退場処分を受けている。

 

■大荒れ、レッド4枚イエロー16枚

オランダのブラールーズ(背番号3)が主審にレッドカードを示される。その脇でポルトガルとオランダの両チーム選手がもみ合いになった(06年6月25日、吉岡毅撮影)

21世紀に入ってからの大会で、最も荒れたゲームの一つは、2006年ドイツ大会のポルトガル―オランダ(6月25日)が挙げられる。オランダ選手のひじ打ちが命中すると、ポルトガルの選手は危険なタックルで報復し、両チームの選手がもみ合いになって試合が一時中断する場面もあった。1試合のうちに両チーム2人ずつ、計4人の退場者が出たのはW杯最多記録。イエローカード計16枚も最多タイ。スピードと技術にすぐれた攻撃サッカーの伝統を誇る両国らしからぬ大乱戦は、ポルトガルが1―0で逃げ切った。

カメルーンの仲間割れ(2014年ブラジル大会)

W杯日韓大会のキャンプ地だった大分県の旧中津江村では、12年後のブラジル大会でも住民たちがカメルーンを応援したが……(14年6月16日、大分県日田市で)=白石一弘撮影

アフリカのカメルーンといえば、2002年日韓大会で、キャンプ地の大分県中津江村(現日田市)を来日延期でやきもきさせながらも、到着後は村民たちと楽しく交流する姿が話題になった。「不屈のライオン」の異名をとる、アフリカを代表する強豪国の一つでもある。

だが、W杯では最近、ふるわない。ロシア大会は予選で敗れ、3大会ぶりに出場できない。2010年南アフリカ大会と14年ブラジル大会は、グループリーグ計6戦全敗で敗退している。とりわけ、0―4でクロアチアに完敗したブラジル大会の第2戦(6月18日)では、見苦しい仲間割れを演じてしまった。

1点を追う40分。中盤の守備を支えるソングが、速攻に入った相手エースのマンジュキッチに追いすがる。背後から体をぶつけると、次の瞬間、相手の背中に右ヒジを打ち下ろした。明らかなラフプレーに、審判は迷わず一発退場を宣告。人数が減った後半、チームは気力を失ったように失点を重ねた。迎えた試合終了間際には、DFアスエコットが自陣で味方MFムカンジョに近寄ると、いきなり顔面に頭突きを見舞った。

アスエコット(右)はW杯南アフリカ大会の日本戦にも出場した。左は日本のFW矢野(10年6月14日)=野本裕人撮影

多くの火種を抱えていた。大会前、報酬の支払いを巡って選手らと母国サッカー協会が対立し、ブラジル行き飛行機への搭乗が遅れた。膝の故障を抱えたエースFWエトーの処遇について、選手間に不和があるとのうわさも伝えられた。敗戦後、J1浦和でも指揮をとったフィンケ監督は「何人かの選手が覇気のない態度でプレーしていた。納得できない」と怒りを隠さなかった。

ちなみに、ブラジル大会で仲間に頭突きをしたアスエコットは、その4年前の南アフリカ大会で日本との初戦にも出場していたDFだ。俊足と攻撃センスに定評があるが、本職の守備には難がある。彼のマークの緩みを突いて、日本はMF松井がFW本田にラストパスを通し、決勝点をもぎ取った。

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