ワールドカップ狂騒曲(5)「外れるのはカズ」非情の宣告

語り継がれる勝負やゴールは数え切れない。トラブルや判定論争も、たびたび世を騒がせてきた。サッカーの祭典・ワールドカップ(W杯)の歴史を、エピソードで振り返る。(読売新聞メディア局編集部・込山駿)

ブラジル仕込みの先駆者、落選

W杯メンバーから外れ、成田空港に帰国したカズと北沢(1998年6月5日)=小西太郎撮影

W杯に出場する日本代表のメンバー選考をめぐり、ファンの記憶に最も深く刻まれているシーンである。1998年6月2日、スイスのレマン湖畔にある町・ニヨン。岡田武史・日本代表監督(当時)が、集まった報道陣に驚くべき名前を告げた。

「外れるのは市川、カズ、三浦カズ。それから北沢……」

初めてのW杯出場を控えた当時の日本代表は、5月7日に発表した代表25人を事前キャンプ地のニヨンに連れて行き、登録期限直前に3人を外すという方法をとった。長く日本サッカー界を引っ張ってきた当時31歳のベテラン・カズこと三浦知良(現・横浜FC)への非情な決断に、世間からは賛否の声が上がった。

カズら3人の落選を発表する岡田監督(左端、スイス・ニヨンで)=清水敏明撮影

日本の「サッカーどころ」と呼ばれた静岡市に生まれ、15歳で「王国」ブラジルにサッカー留学。「日の丸をつけてW杯へ」と夢見る若手は、18歳で日本人初となるブラジルでのプロ選手契約を勝ち取ると、強豪クラブでの定位置獲得も果たす。90年夏に帰国して読売クラブ(現・東京V)に入団、90年9月から日本代表FWとして活躍してきた。

93年10月、26歳の絶頂期で臨んだW杯米国大会のアジア最終予選は、日本のエースとしてゴールを量産したが、イラクとの最終戦で終了目前に同点に追いつかれた「ドーハの悲劇」で出場権を取り逃す。その後は、94~95年のイタリア移籍で成功を収められず、96年のJリーグこそ得点王に輝いたものの、97年は故障がちで不本意なシーズンを過ごした。

ドーハの悲劇後は曲折 ニヨンでは3得点するも

「ドーハの悲劇」のイラク戦で先制ゴールを決めて喜ぶカズ。米国大会予選当時、絶頂期だった(1993年10月28日、カタール・ドーハで)=八木良樹撮影

迎えたW杯フランス大会アジア最終予選。カズは初戦のウズベキスタン戦で4得点と爆発したが、その後は1ゴールも決められなかった。チームが延長の末に悲願の本大会出場権を手にした「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれるイラン戦(97年11月16日)でも後半途中でベンチへ退いていた。世代交代がささやかれる中で、W杯前の4月に組まれた韓国戦ではメンバー落ちし、5月の代表復帰後も強化試合で出番がなかった。

それでも、最終予選の途中から指揮官に就いた岡田監督は、カズを25人の合宿メンバーには選出。カズ本人も、スイスのクラブチームを相手に行った練習試合でハットトリック(1試合3得点)を達成するなど、合宿中に復調の気配を感じさせていた。最大の功労者であるカズが、最後の最後に22人の登録メンバーから外されることはないと予想する声が強かった。それだけに、岡田監督のシビアな決断に対する世間の驚きも大きかった。

20年の時を経た今年、読売新聞の取材に応じた岡田氏は、当時の胸中をこう述懐している。「僕は試合に臨む前に、負傷や退場など、あらゆるシミュレーション(戦況の想定)をする。98年は(出場させる場面が)出てこなかったのがカズと北沢。2回目に(W杯日本代表の)監督をやった頃(2010年南アフリカ大会)の経験があれば、出場以外の価値を認めたかもしれないが、あの時は41歳。仕方がない判断だった」

失意のカズは、クラブでも同僚だった北沢豪(現・日本サッカー協会理事)とともに代表を離れ、イタリア・ミラノへ向かった。3日後の朝に帰国した時、その髪は鮮やかな金色に染められていた。成田空港での記者会見では、いかにもカズらしい言葉を発した。「日本代表としての誇りと魂みたいなものは、向こうに置いてきた」

「誇りと魂」は、今に息づく

悔しさを押し殺して記者会見したカズと北沢(1998年6月5日、成田空港で)=小西太郎撮影

恨み言を控えて仲間へのエールを送ったカズと北沢の態度に、多くのファンが感銘を受け、それは本大会での日本代表応援の機運を大いに高めた。日本は結局、フランス大会こそ3戦全敗のグループリーグ(GL)敗退に終わったものの、その後のW杯にすべて出場する常連国となり、2002年日韓大会と10年南アフリカ大会はGL突破を果たしている。カズと北沢にその後、W杯出場の機会は訪れなかったが、もう1人ニヨンで落選した市川大祐(現・J1清水普及部コーチ)は22歳だったW杯日韓大会では主力選手となってGL突破に貢献した。カズも2012年にはフットサルW杯で代表入りしてファンの熱い声援を浴び、51歳の今も現役Jリーガーとして奮闘している。

カズ落選――。それは、日本のサッカーが、今日のような人気スポーツへと成長していく過程で、一つの大きな節目となった出来事に他ならない。

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